量子もつれ(エンタングルメント)とは?遠く離れていてもつながる量子の不思議
量子コンピュータは、私たちの身の回りにある古典的なコンピュータとは全く異なる原理で動作します。その不思議な力の源泉の一つが、「量子もつれ(Quantum Entanglement)」と呼ばれる現象です。量子ビットや重ね合わせといった概念に加えて、この量子もつれを理解することが、量子コンピュータの可能性を知る上で非常に重要になります。
量子もつれとは何か
量子もつれとは、二つ以上の量子の状態が、互いに強く相関している特別な状態を指します。この相関は、どんなに距離が離れていても保たれるという非常に不思議な性質を持っています。
古典的な世界での相関を考えてみましょう。例えば、二つの箱があり、それぞれに片方ずつ靴下が入っているとします。片方の箱を開けて中に右足用の靴下が入っていると分かれば、もう片方の箱には左足用の靴下が入っているとすぐに分かります。これは古典的な相関であり、箱を開ける前からどちらの箱にどちらの靴下が入っているかは既に決まっています。ただ、私たちはそれを知らなかっただけです。
一方、量子もつれの場合、話はもっと奇妙です。もつれ合った二つの量子(例えば二つの量子ビット)は、個々の状態が決まっていません。まるで、開けるまで右足用か左足用か分からない靴下が二つあり、片方を観測して右足用だと分かった瞬間に、もう片方がどんなに遠くにあっても瞬時に左足用になる、といったイメージに近いかもしれません。実際に観測を行うまで、個々の量子の状態は確定していないのです。そして、片方の量子を観測してその状態を知ると、それと同時にもつれ合ったもう一方の量子の状態も確定します。この確定は、二つの量子の間に情報が伝達されたかのように見えますが、物理的な信号の伝達速度(光速)を超えるものではないと考えられています。アインシュタインがこの現象を「遠隔作用の不気味な相関(spooky action at a distance)」と呼んだことからも、その直感に反する性質がうかがえます。
なぜ量子コンピュータで量子もつれが重要なのか
この量子もつれという性質が、量子コンピュータの強力な計算能力を支える鍵となります。
-
計算能力の向上: 複数の量子ビットがもつれ合うことで、それらを独立した状態として扱うよりもはるかに多くの情報を同時に扱うことが可能になります。N個のもつれ合った量子ビットは、$2^N$通りの状態を同時に表現できる重ね合わせ状態をとることができますが、もつれがあることで、これらの状態間の相関を利用した、古典コンピュータでは不可能な計算が可能になります。特定の量子アルゴリズム(後ほど別の記事で詳しく解説する予定です)は、このもつれを積極的に利用して、特定の種類の問題を古典コンピュータよりも圧倒的に速く解くことができます。
-
量子通信と量子暗号: 量子もつれは、量子コンピュータだけでなく、量子通信や量子暗号技術においても中心的な役割を果たします。もつれ合った量子ペアを離れた場所にそれぞれ送ることで、安全な鍵配送(量子鍵配送)を実現したり、量子テレポーテーションと呼ばれる技術の基盤となったりします。これは、もつれたペアの一方の状態を観測することで、もう一方の状態が瞬時に確定するという性質を利用しています。
量子もつれはどうやって作るのか
量子もつれ状態を作り出すには、量子ゲートと呼ばれる特定の操作を量子ビットに対して行います。例えば、2つの量子ビットを重ね合わせ状態にし、特定の制御ゲート(制御NOTゲートなど)を適用することで、それらの量子ビットをもつれさせることができます。具体的な操作は量子回路として記述され、量子コンピュータ上で実行されます。
まとめ
量子もつれは、量子コンピュータが古典コンピュータとは異なる強力な能力を発揮するための、根本的な物理現象の一つです。遠く離れた量子の間に存在するこの「不気味な相関」を理解することは、量子コンピュータの可能性や限界、そして将来の量子技術を理解する上で不可欠です。
量子コンピュータや量子情報科学を学び進める上で、量子ビット、重ね合わせといった基礎の上に、この量子もつれという概念がどのように構築され、利用されているのかに注目してみてください。線形代数などの基礎知識が、これらの概念を数学的に理解する上で役立つでしょう。量子もつれを利用した量子アルゴリズムや量子通信技術は、今後の研究開発の重要なテーマであり続けると考えられます。