やさしい量子コンピュータ講座

量子ボリュームとは?量子コンピュータの性能を示す指標をやさしく解説

Tags: 量子ボリューム, 性能評価, ハードウェア, ベンチマーク, 量子コンピュータ

はじめに

量子コンピュータのニュースなどで、「〇〇量子ビットのコンピュータが開発された」といった情報を見かけることがあります。量子ビット数は、量子コンピュータの規模を示す一つの指標ですが、実はこれだけでコンピュータの性能の全てを語ることはできません。

古典コンピュータの場合、CPUのクロック速度やメモリ容量、ストレージの読み書き速度など、さまざまな指標を組み合わせてその性能を評価します。量子コンピュータも同様に、量子ビット数だけでなく、複数の要因がその計算能力に影響を与えます。特に、量子状態が壊れやすいという性質から、量子ビットの質や、どれだけ複雑な回路をノイズなく実行できるかが非常に重要になります。

そこで、量子コンピュータのシステム全体の性能をより包括的に評価する指標として、「量子ボリューム」が提唱されています。この記事では、この量子ボリュームについて、その意味と測り方、そしてなぜそれが重要なのかをやさしく解説します。

量子ビット数だけでは性能が測れない理由

量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる情報単位を使います。古典コンピュータのビットが0か1のどちらかの状態しか取らないのに対し、量子ビットは0と1の状態を同時に重ね合わせたり、量子もつれと呼ばれる特別な相関を持つことができます。これにより、古典コンピュータでは難しい特定の種類の計算を効率的に行うことが期待されています。

しかし、量子状態は非常にデリケートです。周囲の環境からのわずかなノイズ(熱や電磁波など)によって簡単に壊れてしまい、重ね合わせやもつれといった性質が失われてしまうことがあります。この現象を「デコヒーレンス」と呼びます。

量子コンピュータが計算を行う際は、量子ビットに対して量子ゲートと呼ばれる操作を順番に行い、量子回路を実行します。回路が複雑になり、使用する量子ゲートの数が増えたり、回路の深さ(一連の操作の長さ)が増したりすると、ノイズによる影響を受けやすくなります。つまり、量子ビットの数だけが多くても、それぞれの量子ビットの質が低く、ノイズの影響を受けやすかったり、複雑な回路を実行できなかったりすると、実質的な計算能力は限定されてしまいます。

このため、量子コンピュータの性能を正しく評価するには、単なる量子ビット数だけでなく、量子ビットの質、量子ゲートの精度、量子ビット間の結合度、ノイズのレベルなど、システム全体としての能力を考慮する必要があるのです。

量子ボリュームとは?

量子ボリューム(Quantum Volume、QV)は、IBMが提唱した量子コンピュータの性能を評価するための単一の指標です。これは、量子コンピュータがノイズの影響を受けずに実行できる、ランダムな量子回路の「最大のサイズ」を示すものと考えることができます。

具体的には、量子ボリュームは、以下の2つの要素によって決定されるランダム回路を正しく実行できる限界を示します。

  1. 有効な量子ビットの数 (Effective number of qubits): 実際に計算に利用できる、信頼性の高い量子ビットの数。全ての物理量子ビットが常に使えるとは限りませんし、質にもばらつきがあります。
  2. 回路の深さ (Circuit depth): 実行できる量子ゲート操作の系列の長さ。回路が深くなるほど、ノイズの影響が蓄積されやすくなります。

量子ボリュームの値は、特定のサイズの正方回路(n個の量子ビットに対して深さnの回路)を、一定の成功率で実行できる最大のnの値(これを「正方回路の辺の長さ」と呼びます)に基づいて計算されます。例えば、もしn=4のランダム正方回路を十分に高い確率で正しく実行でき、n=5ではできなければ、そのコンピュータの正方回路の辺の長さは4となり、量子ボリュームは 2^4 = 16 となります。

量子ボリュームが大きいほど、より多くの量子ビットを使って、より深く、より複雑な量子回路をノイズの影響少なく実行できることを意味し、システム全体の計算能力が高いと評価されます。

量子ボリュームの測り方(概要)

量子ボリュームを測定するには、特定のサイズのランダムな量子回路を多数生成し、実際の量子コンピュータで実行します。そして、その実行結果が理論的に予測される理想的な結果とどれだけ近いかを統計的に評価します。

具体的には、以下のステップで行われます。

  1. ランダムな量子回路の生成: 評価したい量子ボリュームの値に対応するサイズの正方回路(例えば、量子ビット数n、深さn)のランダムな量子ゲート操作系列を生成します。
  2. 回路の実行: 生成した多数のランダム回路を、対象の量子コンピュータ上で実行します。
  3. 結果の測定: 各回路の実行結果として、量子ビットの状態を測定します。
  4. ** fidelit y (忠実度)の評価:** 測定結果が、ノイズがない理想的な量子コンピュータで実行した場合の理論的な結果とどれだけ一致するか(忠実度)を計算します。
  5. 成功基準の判定: 定められた閾値(例えば、忠実度が2/3以上)を満たすかどうかを判定します。

このプロセスを、異なるサイズの回路(nを増やしていく)に対して繰り返し行います。そして、成功基準を満たす最大のnの値が、その量子コンピュータの正方回路の辺の長さとなります。量子ボリュームは、この辺の長さnを用いて $2^n$ と定義されます。

この測定方法は統計的な性質を持つため、単一の回路実行ではなく、多数のランダム回路に対する平均的な性能を評価することになります。

量子ボリュームが重要な理由

量子ボリュームは、単に量子ビット数が多いだけでなく、その量子ビットの質や制御精度、相互接続性、そしてシステム全体のノイズ耐性といった、量子コンピュータの実用的な計算能力に直結する要素を包括的に評価できる点に重要性があります。

まとめ

量子コンピュータの性能を評価する上で、量子ビット数は一つの重要な要素ですが、それだけでは不十分です。量子ボリュームは、利用可能な量子ビットの質や数、そして実行できる回路の深さ(ノイズ耐性)を総合的に評価する指標であり、システム全体の実用的な計算能力を示すものとして注目されています。

量子ボリュームの値が高いほど、より大規模で複雑な問題を解くポテンシャルが高いと言えます。量子コンピュータのハードウェアは日々進化しており、各ベンダーがこの量子ボリュームの値の向上を競っています。

これから量子コンピューティングを学ぶ上で、量子ビット数だけでなく、このような性能指標があることを知っておくと、量子コンピュータのニュースや進捗をより深く理解できるようになるでしょう。