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量子アニーリングは組み合わせ最適化問題をどう解く?やさしく解説

Tags: 量子アニーリング, 組み合わせ最適化, 量子アルゴリズム, 量子コンピュータ応用

組み合わせ最適化問題とは?なぜ量子アニーリングが注目されるのか

私たちが日常生活やビジネスにおいて直面する問題の中には、「組み合わせ最適化問題」と呼ばれるものが数多く存在します。これは、「多数の選択肢の中から、特定の基準(コストの最小化や利益の最大化など)を満たす最適な組み合わせを見つける」という種類の問題です。例えば、最も効率的な配送ルートを決定する「巡回セールスマン問題」や、限られた予算内で最大の効果を得る投資ポートフォリオを組む問題などがこれにあたります。

これらの問題は、選択肢の数が増えると、可能な組み合わせが爆発的に増加するため、古典コンピュータで最適な解を見つけることが非常に困難になります。選択肢が少し増えただけでも、考えられる全ての組み合わせを試すには、世界のスーパーコンピュータを全て使っても現実的な時間では終わらない、ということが起こり得ます。

こうした組み合わせ最適化問題に対して、その強力な能力を発揮すると期待されているのが「量子アニーリング」と呼ばれる量子コンピュータの一種です。量子アニーリングは、特定の種類の最適化問題に特化した計算手法であり、古典コンピュータでは扱いきれない大規模な問題に対して、より速く、あるいはより良い「近似解」を見つけられる可能性を秘めています。

この記事では、量子アニーリングがどのようにして組み合わせ最適化問題を解くのか、その基本原理をやさしく解説していきます。

組み合わせ最適化問題の難しさ

組み合わせ最適化問題がなぜ難しいのかをもう少し詳しく見てみましょう。例えば、100個の異なる商品を運ぶ際に、最も効率的な順番を決定する巡回セールスマン問題を考えます。100個の商品を訪問する順番の組み合わせは、およそ $9.3 \times 10^{157}$ 通りにもなります。これは宇宙に存在する原子の数よりもはるかに多い途方もない数です。

古典コンピュータでは、このような膨大な数の組み合わせを全て試して最適な解を見つける「全探索」は現実的ではありません。そのため、限られた時間で「そこそこ良い解」を見つけるための様々な「ヒューリスティック」や「近似アルゴリズム」が開発されてきました。しかし、これらの手法は常に最適な解を保証するわけではありませんし、問題の規模が大きくなると性能が低下することもあります。

量子アニーリングは、古典的な手法とは全く異なるアプローチで、この難しい問題に挑みます。

量子アニーリングの基本原理:エネルギー最小化

量子アニーリングの基本的な考え方は、「問題の解を、ある『エネルギー』が最も低くなる状態として表現し、その最もエネルギーが低い状態(基底状態と呼びます)を見つける」というものです。

身近な例で考えてみましょう。物理的な系は、一般的にエネルギーが最も低い安定した状態になろうとします。例えば、坂道にあるボールは、最終的には一番低い場所(谷底)で静止します。量子アニーリングは、この物理的な原理を計算に応用します。

量子アニーリングでは、解きたい組み合わせ最適化問題を、「エネルギー関数」と呼ばれる数式で表現します。このエネルギー関数は、問題の「良さ」(コストや利益など)を表しており、エネルギーが低いほど「良い解」に対応するように設計します。そして、量子アニーリングマシンは、このエネルギー関数が最小となるような変数の組み合わせを探索します。

この探索において、量子アニーリングが古典的な手法と決定的に異なるのは、「量子トンネル効果」と呼ばれる量子の性質を利用する点です。古典的な手法が山の表面をなぞって谷を探すのに対し、量子アニーリングは山を「トンネル」のように通り抜けて、複数の谷(局所的な最小値)を飛び越え、より深い谷(大域的な最小値、つまり最適な解)に到達する可能性が高まります。

組み合わせ最適化問題をQUBO形式に変換する

量子アニーリングマシンに入力するためには、解きたい組み合わせ最適化問題を特定の形式で表現する必要があります。現在、多くの量子アニーリングマシンが採用している標準的な形式の一つに、「QUBO(Quadratic Unconstrained Binary Optimization)」形式があります。

QUBO形式は、問題を0または1の二値変数(バイナリ変数)を使って表現し、その変数の二次の多項式としてエネルギー関数を定義します。一般的なQUBO形式のエネルギー関数は以下のようになります。

$E(x) = \sum_{i} Q_{ii} x_i + \sum_{i<j} Q_{ij} x_i x_j$

ここで、$x_i$ は0または1の値をとる変数、$Q_{ii}$ は各変数単独にかかる重み、$Q_{ij}$ は変数ペアにかかる重みを表す定数です。量子アニーリングは、このエネルギー関数 $E(x)$ が最小となるような変数 $x = (x_1, x_2, ..., x_n)$ の組み合わせを見つけ出します。

例えば、ある選択をするかどうかを $x_i=1$(選択する)、$x_i=0$(選択しない)という変数で表現し、「この二つは同時に選択できない」という制約や、「これを選択するとこれだけのコストがかかる」といった条件を、うまく $Q_{ii}$ や $Q_{ij}$ の値として組み込むことで、問題をQUBO形式に変換するのです。

巡回セールスマン問題であれば、「都市iの後に都市jを訪れるかどうか」といった選択を二値変数で表現し、総移動距離が最小になるように、かつ全ての都市を一度だけ訪れるという制約を満たすように、$Q_{ij}$ を設計します。

量子アニーリングマシンでの計算の流れ

組み合わせ最適化問題がQUBO形式に変換できたら、それを量子アニーリングマシンに入力します。マシン内部では、問題に対応するエネルギー地形が形成されます。

計算は、まず全ての量子ビットを重ね合わせ状態(0と1の両方の状態を同時に取り得る状態)にし、量子トンネル効果が強く働く状態から始めます。これは、エネルギー地形のどこにでも「トンネル」で移動できるようなイメージです。

そして、ゆっくりと量子効果を弱めていき、最終的に古典的な(トンネル効果がほとんどない)状態へと変化させます。この過程で、量子ビットの系はエネルギーが低い状態へと向かおうとします。適切な速度でこの変化を行うことで、量子トンネル効果を利用してエネルギーの高い障壁を乗り越え、最もエネルギーの低い谷底(最適な解)に到達する可能性が高まります。

計算が終わると、量子ビットは0か1のどちらかの状態に収束しており、その状態(0/1の組み合わせ)がQUBO形式で表現された問題の解として出力されます。

量子アニーリングの応用分野と将来性

量子アニーリングは、特に以下のような組み合わせ最適化問題への応用が期待されています。

これらの分野では、問題の規模が大きくなるほど古典コンピュータでの解法が困難になるため、量子アニーリングによる高速化や解の質の向上が望まれています。

もちろん、量子アニーリングが全ての最適化問題を魔法のように解けるわけではありません。得意な問題のタイプや、現在の量子アニーリングマシンの規模や性能には限界があります。また、問題をQUBO形式に「どのように変換するか」という部分にも、問題の難しさや工夫が必要です。

しかし、量子アニーリング技術は日々進歩しており、今後の実用化に向けて研究開発が進められています。特に、特定の業種における具体的な組み合わせ最適化問題に対して、量子アニーリングがどのように貢献できるのか、その可能性を探求する動きが活発になっています。

まとめ

この記事では、量子アニーリングが組み合わせ最適化問題をどのように解くのか、その基本的な原理と手法について解説しました。

量子アニーリングは、量子コンピュータの中でも比較的早く実用化が期待される分野の一つです。組み合わせ最適化は私たちの身の回りにあふれています。量子アニーリングがこれらの問題解決にどのように貢献していくのか、今後の技術開発に注目していきましょう。