QAOAとは?量子コンピュータによる組み合わせ最適化アルゴリズムをやさしく解説
量子コンピュータは、特定の種類の問題に対して古典コンピュータを凌駕する可能性を秘めています。特に、最適化問題はその代表的なターゲットの一つです。これまでにもグローバーのアルゴリズムのような探索アルゴリズムや、量子アニーリングによる組み合わせ最適化へのアプローチをご紹介しました。
今回ご紹介するのは、「QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)」という量子アルゴリズムです。これは、量子ゲート方式の量子コンピュータを用いて、組み合わせ最適化問題を近似的に解くことを目指すアルゴリズムです。
QAOAとは何か? なぜ注目されるのか
QAOAは、組み合わせ最適化問題、例えば「複数の選択肢から最も良い組み合わせを見つける」といった問題を解くための量子アルゴリズムです。近年開発が進んでいる、まだ量子ビット数が限られ、ノイズも多い「NISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum) デバイス」と呼ばれる量子コンピュータでも実行可能であると期待されており、実用化に近い量子アルゴリズムの一つとして注目されています。
QAOAの大きな特徴は、「量子コンピュータ」と「古典コンピュータ」を組み合わせた「ハイブリッド計算」である点です。量子コンピュータは特定の計算(量子状態の操作や測定)を行い、古典コンピュータはその量子コンピュータの振る舞いを制御し、最適な答えを探すためのパラメータ調整を行います。
組み合わせ最適化問題とは?
組み合わせ最適化問題は、日常生活や産業の様々な場面で現れます。例えば、
- 複数の地点を最も短い距離で巡回する経路を探す(巡回セールスマン問題)
- 限られた予算の中で、最も利益が大きくなるような投資ポートフォリオを決定する
- 多数のタスクを、限られたリソース(時間、人員、機械など)で最も効率的に割り当てる(スケジューリング問題)
といった問題です。これらの問題は、選択肢が増えるにつれて組み合わせの数が爆発的に増加し、最適な解を厳密に求めることが非常に難しくなる場合があります。特に、コンピュータ科学の世界で「NP困難」と呼ばれる種類の問題は、問題のサイズが大きくなると、たとえスーパーコンピュータを使っても現実的な時間内に解を見つけることが難しいとされています。
QAOAは、このような解くのが難しい組み合わせ最適化問題に対して、古典コンピュータよりも効率的に、あるいはより良い近似解を見つけることを目指しています。
QAOAの基本的な考え方
QAOAは、最適化問題を「エネルギーを最小化する状態を見つける」という問題に変換して考えます。これは、量子アニーリングにおける考え方にも似ています。
- 問題の量子表現: まず、解きたい組み合わせ最適化問題を、量子コンピュータが扱える「ハミルトニアン」という形で表現します。これは、問題の解が良くなるほどハミルトニアンのエネルギーが低くなるように設計します。このハミルトニアンは「コストハミルトニアン」と呼ばれます。
- 量子回路の構築: 次に、コストハミルトニアンと、それとは別の「ミキサーハミルトニアン」を用いて、パラメータを含む量子回路を構築します。この量子回路は、初期状態(通常は全ての状態の重ね合わせ)に対して操作を行い、コストハミルトニアンの基底状態(最もエネルギーの低い状態、つまり最適解に対応する状態)に近い量子状態を生成することを目指します。
- パラメータの調整: 構築した量子回路には、調整可能なパラメータ(通常は角度γとβなど)が含まれています。これらのパラメータを古典コンピュータで調整しながら、量子回路が出力する量子状態のコストハミルトニアンに対する「期待値」(測定したときの平均的なエネルギーのようなもの)が最小になるように試行錯誤します。
- 量子コンピュータでの計算と測定: 特定のパラメータの組み合わせに対して、量子コンピュータで量子回路を実行し、最終的な量子状態を測定します。測定結果は、最適化問題の「候補となる解」に対応します。
- 古典コンピュータでの評価と更新: 古典コンピュータは、量子コンピュータから得られた測定結果に基づいて、候補解の「良さ」を評価し、次のパラメータ更新の方向を決定します。そして、より良い解が見つかるようにパラメータを更新し、再び量子コンピュータでの計算に戻ります。
このプロセスを繰り返すことで、古典コンピュータが最適なパラメータを見つけ出し、そのパラメータで実行される量子回路から、最適解に近い測定結果(候補解)が得られることを期待します。
例えるなら、古典コンピュータが「山登りのルートを考える登山家」、量子コンピュータが「そのルートを実際に歩いてみる偵察隊」のような役割分担です。偵察隊(量子コンピュータ)が登った結果(測定値)を持ち帰り、登山家(古典コンピュータ)が次のより良いルート(パラメータ)を指示する、という共同作業で最も低い谷(最適解)を探しに行きます。
QAOAの課題と将来性
QAOAはNISQデバイスでの実行が期待されていますが、いくつかの課題も存在します。
- パラメータ探索空間の大きさ: アルゴリズムの「深さ」(量子ゲートを適用する回数)が増えると、調整すべきパラメータの数が増加し、古典コンピュータによる最適なパラメータの探索が困難になる場合があります。
- ノイズの影響: 現在の量子コンピュータはノイズが多く、量子状態が壊れやすいため、深い量子回路の実行精度が低下します。これにより、正しい測定結果が得られにくくなる可能性があります。
- 近似解: QAOAは「量子近似最適化アルゴリズム」という名前の通り、厳密な最適解ではなく、良い「近似解」を見つけることを目的としています。問題によっては、古典アルゴリズムの方がより良い近似解を見つけられる場合もあります。
しかしながら、QAOAの研究は盛んに行われており、パラメータ探索を効率化する手法や、ノイズに強いバージョンなども提案されています。将来的には、量子コンピュータの性能向上とともに、より大規模で複雑な最適化問題に対して、古典コンピュータでは到達困難なレベルの近似解、あるいはより高速な計算を実現する可能性を秘めています。
QAOAを学ぶには
QAOAは量子アルゴリズムの中でも比較的、具体的な計算ステップが明確なため、プログラミングを通して学ぶのに適しています。
- 必要な基礎知識: 量子ビット、重ね合わせ、量子ゲート、量子回路といった基本的な量子コンピュータの概念に加え、線形代数の基礎(ベクトル、行列)、そして最適化問題に関する基本的な理解があるとスムーズです。
- プログラミング: Qiskit (IBM)、Cirq (Google)、PennyLane (Xanadu) といった量子プログラミングフレームワークを使うと、QAOAの量子回路を構築し、パラメータを調整して実行する一連の流れを試すことができます。特に、これらのフレームワークには最適化ルーチンが組み込まれており、ハイブリッド計算を実装しやすくなっています。
- 数学的な側面: QAOAの理論的な背景には、ハミルトニアン、期待値、変分法といった概念があります。これらの数学的な側面を深く理解することで、アルゴリズムの設計や挙動の理解が深まります。
QAOAは、量子コンピュータが実用的な問題解決にどのように貢献できるかを示す具体的な例であり、量子コンピュータの学習を進める上で非常に興味深いテーマの一つと言えるでしょう。
まとめ
本稿では、量子コンピュータによる組み合わせ最適化アルゴリズムであるQAOA(量子近似最適化アルゴリズム)の基本原理をやさしく解説しました。最適化問題を量子コンピュータで扱うための基本的な考え方、ハイブリッド計算の役割分担、そしてアルゴリズムのステップや課題、将来性について触れました。
QAOAはまだ発展途上のアルゴリズムですが、NISQデバイスでの応用が期待されており、量子コンピュータの具体的な使い道として重要な位置を占めています。これを機に、ぜひ量子コンピュータによる最適化の世界に触れてみてください。